父のお別れ会
[ 未分類 ]2008-08-18 (Mon) 00:12[ 編集 ]
僕の父、”塚田直幹さんを送る会”が昨日開かれました。 犬の訓練士をしていて、ドッグショーの世界では知らない人はまず無い人です。
チャンピオン犬を多く訓練していて、お電話頂くお客さんはみんな
「うちの犬をチャンピオンにしてもらった」。
など、お礼とお悔やみ頂きました。
皆さん口をそろえて、
「まじめ」で、「おしゃれ」で、「信頼出来る人だった」
と言って頂いて、父の働きぶりや、人柄を覗わせました。
ドッグショーというのは、勝負の世界だし、犬の品格、飼い主の名誉欲を満たすものだから、負けると訓練士の悪口を言う人がいるそうなのだけれど、
塚田先生に関してはまったくそういった話が無い!、という事でした。
人の世話をしたり、困っている人を助けたりと、面倒見の良い人で、
弟子からの信頼も厚くて、非常に論理的に犬の事を教えてくれる人だったようです。
今回のお別れ会を開いてくれた方の一人もその一人なんだそうです。
カヌー、キャンプ、スポーツカイト、釣り、ケービング、乗馬、ストーンハンティング、美術館めぐりや、グルメなどなど、
趣味がたくさんで、自然を愛していた魅力的な男でした。
たくさんの人から愛されていて。
今回の、お別れ会は40人以上の方にご参加頂きました。
僕は、12の時に両親が離婚して、
母親と暮らすようになったので、ずっと母による父親の悪口を聞き続けていて、
すっかり自分まで「父親は最低なやつ」を刷り込まれてしまっていました。
でも今回のお別れ会で、皆さんの父の話を聞いて、やっと、父の尊敬を取り戻す事が出来たなあと思います。
その事に、16年かかってしまいました。
僕はようやく、自信や、自分への肯定感情、尊厳、そういったものの半分を取り戻したような気がします。
父親はいなくなってしまったけれど、それでも僕の心の中の観念的な父親像はもう消える事は無いと思います。
コミケ新作 お知らせ
[ 未分類 ]2008-08-14 (Thu) 05:51[ 編集 ]



CD/DVD(二枚組)
1500円
DVDには、動画収録。
プレイヤーやプレステ2、パソコンで見られます。
CD-ROMは画像400枚見られます。
ウインドウズでもマックでも可。
COMICマーケット74の2日目に、
出展します。
■8/16(土) 西へ02b サークルCOSTUTTU
コミケは5回目の出展です。
CD-ROMの写真集は今回で6コ目!!
今までで、一番の作品に仕上がったと思っているので、
ぜひ買ってほしいです。
買わなくても、ぜひ遊びに来てください!。
写真を選ぶ
[ 未分類 ]2008-08-11 (Mon) 02:19[ 編集 ]

過剰に演出・表現しすぎて、
本当に大切なこと忘れてるんじゃないの?と自分を省みます。
自意識過剰・自分に対する特別意識・自己顕示欲
そういう自分の心の見え透いてしまうような写真ばっかりじゃ、
集中して写真を見ることは出来ないだろうなあと思う。
我が強い・個性的な性格なので、ついつい作品も、
表現的・演出的になりがちなのですが、
「構図がどうこう・画の調子がどうの」とか、やりだしちゃってる自分に対して
「あほか」と思います。写真は絵じゃねえんだ。
自分が伝えたいのは・やりたいのは
どう撮ったか、とか
どう表現したか、とかじゃなくて、
僕が何をどう見たか(見ようとしたか)っていう事だろうなあと思うわけです。
撮る以前の話ですね。
そうすると、
選ぶべき写真というのはおのずと見えてくるもんで、
そういう意識で写真を選ぶと、
案外、自分が最初に選んだ写真はみんな選から漏れて、
「どうでも良い」と見向きもしなかった写真が候補に浮上してくるわけです。
面白いですねー。
四十雀
[ 未分類 ]2008-08-02 (Sat) 20:53[ 編集 ]
路上に鳥が転げ落ちてた。 首が曲がって立てもしない、飛ぶことも出来ない状態だから、手づかみして路肩に運んだ。
放っておいたら車に轢かれると思って。
巣から落っこちてしまったか、
カラスにでも襲われたか、
飛ぼうとして車にはじきとばされたか…
さてどうしたらよいものか、悩んだ。
子どもの頃、巣から落ちた燕を拾ってきて結局死なせてしまって、後に落ちた雛は親鳥が拾いにくるという事を知り、後悔した経験があるので、同じ轍を踏みたくない自分としては放っておくべきかとも思ったが、怪我も気になった。
警察に電話したり、通行人に相談したけれど、捨て置けと言われたり無視されたり…、わかってはいたけれど他人は当てにならないので、自分で調べて、新川崎の夢見ヶ崎動物公園という所に持っていった。
鳥が巣立ち前に死んでしまう事なんて、自然界ではきっと無数にある事で、そんな事にいちいち人間が介入して、それをどうにかしようとする、自分の人間的な行いを、おかしくも思ったけど、
自分の目の前ですこしでも自分の関わった生が尽きようとしているのをただ黙って眺めている事は出来なくて、万が一にも生の可能性があるのなら、その可能性があるうちはなんでもやろうと思った。
と、同時にそういう、他の動物を保護しようとか、助けようとかいう考え方がいかにも人間特有の独善的で傲慢な行いだとも思った。
けれど、自分も人間である前に一つの生命であって、
生命っていうのは、生きようという意思とか思考とか、そんなものが介入せずとも、自分という生命・身体を維持するものだし、
臓器は動いて、血液を通わせているし、自分の中の細胞は生きているし、生きる方を選んでいるという事実・真理を自分の身体の中に見出すから、やはり生命が尽きる事を僕の心は拒否をしたのだと思った。
動物園の人に見てもらったけれど、何をしてくれるでもなくて、ただ引き取ってくれただけだった。何も出来ない、してもらえない歯がゆさと、自分の無力感ただ感じている自分の意識ばっかりが自覚されてその自分に打ちのめされた。
仮に治療を施すにしても、首の曲がった鳥に誰が執刀するのかという事、
そんな事やったら、いたずらに神経を傷つけるだけだという事、自然的で無いという事。
そういう言い訳・あきらめの理由をさっそく探している自分の意識を自覚してしまう事も嫌だった。
鳥は、今日・明日にでも死ぬと思う。
母なぐられる
[ 未分類 ]2008-07-31 (Thu) 04:11[ 編集 ]
千葉に行くはずだったけれど、兄が母親を殴って(!)延期になりました…。 母親・女を殴るっていう兄に呆れ果てるわけですが、
相手の自尊心を平気で傷つけたり、立つ瀬が無くなるほど相手を追い詰める母親の性格もよく知っているので(自分も散々追い詰められたし)
自分の無力さ、劣等意識を認めたく無い兄としては、自分が腕力にものを言わせて、母親の優位に立つことで、自尊心、優越さを回復せんとする心の働き、
傍目で見ていて行動の理解は出来るけれど、その行いはやっぱり納得はできなかった。
暴力で意思表明するなんてのは、赤ん坊が泣くことで母親にメッセージを伝えようとするようなもんで、言葉で意思を伝えられない兄の幼児的な性格には日ごろからうんざりしてる・・・。
しかもただでさえ、父親が死んで立て込んでる時に、こういう事で不要に疲れさせられるのは、簡便してほしいなあと思った。
兄が母親を殴るのは今回が初めてじゃないので、未成熟さとコミュニケーション能力の無さにびっくり。…と、書くと、ドメスティックな兄みたいだけれど、普段はこの二人とても仲が良いわけです。仲が良いというか共依存の関係で、
"依存されることに依存する”っていう、自立出来ない駄目な男女関係のお手本みたいなカンジ。
千と千尋の神隠しに出てくる湯婆婆と坊みたいに、二者関係に安住して、
自分の手足の延長線上に相手があるような関係。
ある意味、アダムとイブとかアンドロギュヌス的な神話的な二者関係で、羨ましくもあるわけですが、いつまでも自我も確立できない、コミュニケーション能力も磨かれないっていう、ホント駄目駄目な関係。
という事を、彼らは自己分析出来てないからいつまでたってもおんなじ風な関係をずるずる続けているわけなので、僕も熱心に指摘するわけですが、
一番年下の僕が諭す様な口ぶりをするもんだから、
相手の反感を買うし、相手の劣等意識や無力感を煽ってしまって、
「生意気」扱いされてしまうわけです。
実際僕は生意気で、高慢な性格なので、
自尊心ばっか一人前でふざけた奴らだぜ(ヽ´ω`♯)=3とか思ってます。
まあ、それでも針の穴ほどの僅かなものでも、
解決の糸口があるという事を信じているので、説得したり、口論し続けているわけです。
正月から、母親とは口聞いていなかったし、兄とも必要な事以外話をしていなかったけれど、やっぱり諦めないのが僕の良いところだと思うのでしつこくやろうと思ってます。